「希薄に見えて実は濃厚」スナックで“別々に過ごす”夫婦が求める距離感とは

夫婦インタビュー

一軒のスナックが赤坂にあります。その店の名前は「スナック玉ちゃん」。赤坂にある玉ちゃん、で分かる人もいるかもしれませんが、タレントの玉袋筋太郎さんが開いたお店です。中は8人掛けのカウンターにテーブルとソファー6セットをおいた収容人数約30人という、スナックとしてはちょっと広めの箱です。ステージもあって大盛り上がりで歌いまくる人もいれば、カウンターで常連さんやママさんたちと静かに語り合う人もいる。それぞれ思い思いに好きな時間を過ごせるのがいいと常連さんは言います。

そこに、ちょっと変わったお客さんがいました。一人は大勢で盛り上がっている真ん中で豪快に笑い豪快に歌い豪快に飲み続けているお姉さん。もう一人はカウンターの片隅で、物静かに、でも、自分の信じる道を熱く語るストイックな男性。お店の人も常連さんたちも、「まあ、顔を知っている程度の知り合いなんだろうね」とほとんどが思っていました。だから、この二人が夫婦と知ったときは、結構な驚きだったのです。だって、みんなが思う「夫婦の姿」からずいぶんと外れていたのですから。

他の人から見ると「つながりが希薄」と思われてしまうこの二人。その二人が実践する「夫婦コミュニケーション」を聞いてみることにしました。


森坂芳友(左)さんと森坂“井出”純子さん。純子さんがお姉さんだったりします(えー!みえない!)

森坂芳友さんは雑誌の誌面デザインを手掛けるエディトリアルデザイナーです。現在45歳。企業広報誌などを中心に20年以上現場で制作に携わるだけでなく、デザイン事務所「サウスベンド」の代表取締役として経営も担っています。

森坂純子さんも長年編集者として活動されてきています。雑誌『ソトコト』の編集者や企画制作部の部長などを歴任し、業界では旧姓の「井出純子さん」で知る人も多い方です。芳友さんとは仕事を通じで知り合い、劇的ななれそめ(この話だけで、興味深い1本の読み物になるぐらいです)を経て一緒になりなりました。

純子さんは、外交的で陽気なお姉さん、いや、もっと正確にいうと姉御肌で、とにかく、みんなで集まってわいわいがやがやと盛り上がっているのが好き。お話を聞いているときも終始笑顔で率先して答えてくれます。対して、芳友さんは、見た目物静かにしてダンディ。第一印象ではちょっと近づきがたいと思うかもしれません。かといって、不機嫌そうに見えて怖いということではありません。何か深く考え事をしていて邪魔をしてはいけないな、と思わせるオーラというか気迫を感じます。


芳友さんは、一見寡黙でちょっととっつきにくい雰囲気


しかし、いったん語り始めると、熱く、そして、深い

外交的で陽気が大好きな純子さんですから、やはり、外に出かけてお店やイベントでみんなと集まって思いっきり盛り上がって過ごします。お酒は強いしマイクももったら放さないタイプ。一方、芳友さんは、自分が興味を持つことを始めたら周りが見えなくなるタイプ。一人で黙々黙々黙々黙々と何時間でも集中して調べ物をしたり制作を続けたりゲームを攻略し続けたりと過ごします。そういう状態になると、周りに他の人がいるのがダメ!といいます。話しかけられて邪魔されるぐらいなら一人でいたい、と。

というわけで、一緒に住むようになってからも、純子さんが一人で外出して仲間と合流して盛り上がる一方、芳友さんは一人で家にいて自分のしたい作業に没入しています。そう、それぞれ「一人」でオフの時間を過ごすのです。「一人になれるので一人で外出してくれるのはかえって助かる」と芳友さんがいうように、純子さんが一人で出かけるのは全然気にならず、かえってありがたいからいってらっしゃいと、送り出していたりもしたそうです。純子さんは、「友達から自由に出かけさせてくれるご主人でうらやましいわ」と結構多くの人からいわれるそうです。たしかに、日本的理想の夫婦像では「夫婦はできるだけ一緒にいて意思疎通を常によく図ること」と考えて、片方だけが外出すること、特に女性だけで外出することを非難する人も少なくありません。

ただ、純子さんは芳友さんの心遣いをありがたく思うと同時に、やはり、「申し訳ないなー」と思ってもいたそうです。“あまり”やったことがない料理をして夕食を用意してから出かけることもありました。こういう気遣いが続くと、気遣っている方はだんだんそれが重荷になって、出かけたがらないパートナーを無理やり外に連れ出そうとすることも少なくありません。しかし、純子さんは芳友さんを無理やり連れだすことはしません(その代わり、二人共通の知り合いを自宅に大勢集めてぎゅうぎゅうな状態で盛り上がったりもしているそうです)。

ここまで話を聞く限り、二人はだいぶ性格が異なるようです。夫婦として一緒の屋根の下で生活を共にする意味はあるのでしょうか。

「映画やライブはご一緒されますか?」
「音楽の志向は一緒なのでライブには一緒に行きますね」
「でも映画の楽しみ方は二人で違います」
「というのは?」
「私(芳友さん)は登場人物を集中的に追いかけてみます。で、見終わったら、登場人物の描き方やその人物を演じた俳優の演技などを深く掘り下げて意見を言い合うのが好きなんです。映画の本当の楽しみはまさにこの見た後に感想を語り合うことなんです」
「映画の本当の楽しみは見た後の感想」
「でも、家内は違うんです」
「というのは?」
「映画は映画館で見て楽しんで、そこで完結です。感想は外に持ち出さない」
「じゃあ……」
「感想を言い合うということはないですね」


「えー、そんなことないでしょー!」「そうでしたかね」

と、オフの時間に会話をかわすための共通の興味関心事は本当に少ないようです。

「お二人で会話をするとき、どんな話をしているんですか?」
「仕事の話が多いですね」

もともと二人は、雑誌の誌面デザイナーと雑誌の編集者です。仕事における共通の知識や特殊事情、そして、感覚やセンスなどは、お互い備えています。誌面デザインでアイデア定まらないとき、芳友さんは純子さんに相談します。すると「違う視点で考えてくれるので、一気に解決に向かうときもある」(芳友さん) 同じように、純子さんも仕事で直面する問題を芳友さんに相談します。デザインとは関係のない内容だったりもしますが、それでもやはり、自分では思いつかないような答えが返ってくるそうです。また、今ではともにそれぞれが起業した経営者(純子さんも2017年秋から編集プロダクション「TMエボルーション」の取締役プロデューサーを務めている)の視点で、お互いに相談しあう時間も増えたそうです。

「そういう自分にない考え方ができる。自分にない世界を持っている。それがこの人を好きになる理由でした」(意見がそろう二人)

なので、二人は、それぞれ外に内に自分のしたいことで時間を存分楽しみ、二人で一緒にいるときは、そのほとんどが「仕事」の話をしている。そういう、多くの人がイメージする「普通の夫婦のつながり方」と比べると、かなり希薄な関係に見えるかもしれませんが、二人にはこれが最も心地よく相手を尊敬し続けられる状態らしいです。

さて、そういうわけで、純子さんが無理やり外に連れ出して自分につき合わせることもなく、望めば好きなだけ家に引きこもってデザインを考えたり作品を仕上げたりゲームを攻略したり映画を観たり本を読んだりできる、ある意味とってもうらやましい芳友さんですが、いま、純子さんと一緒に赤坂のスナック玉ちゃんに足繁く通っています。

「え、結局純子さんが連れ出したんですか?」
「いや、それが……」

スナック玉ちゃんの情報を持ってきたのは、確かに純子さんです。どうにか、一緒に呑める店に連れ出したく、けっこう頻繁にお店を紹介していたのですが、それまでは、それはもう取り付く島もなし、という状況でした。しかし、芳友さんにとって『玉ちゃん』だけは違ったのです。

「私、玉袋さんの大ファンで……」

そのお店に行けば、玉袋さんに会えるかもしれない、それどころか、話ができるかもしれない! 表立って顔には出しませんでしたが、もう行きたくて行きたくてしょうがない。でも、芳友さんの腰は逆に重くなる一方でした。

「いや、行って会いたいお話ししたい、という思いは強くなるのですが」
「が、とは?」
「会って話して玉袋さんに自分がダメ出しされたらと思うと怖くて怖くて」
「分かります」

そんな芳友さんをお店に向かわせるきっかけを作ってくれたのが純子さんでした。純子さんともう一人純子さんのように姉御肌のお姉さんの二人がかりで「いこーよ! いこぉぉぉぉよぉぉ!」と説得し続け、「う、う、うん」と返事した機会を逃さず予約の電話をしてしまいます。こうなると、芳友さんも肝を据えるしかありません。その来店初日、運よく玉袋さんもお店にいて会うことも会話をすることもできました。

「でも、玉さんが書かれた本のこととかたくさん話題を仕込んでいったのに何もできなくて、帰宅してからすっごく落ち込んだんです。自己嫌悪というか…」

そんな芳友さんに「ほらまた行こうよ」と言ってくれたのも純子さんです。

「偶然なんですけど、ちょうどそのとき読んでいた本に常連になるにはまずその “お店に続けて3日通うこと” という言葉があったので、それで続けて行こうよ、と」

その言葉を聞いて芳友さんはもう一度お店に足を運びます。玉袋さんはいませんでしたが、代わりに常連さんたちが迎えてくれました。あ、ちなみに、純子さんは、芳友さんをカウンターに置き去りにしてなじみの常連さん“たち”とステージで歌いまくっていたそうです。で、一人カウンターに残された芳友さんですが、そこにいる皆さんは玉袋さんが好きで集まってきていますから、そこで共通の話題というか考え方というか、芳友さんにとって心地よい会話ができる世界があったのです。その一言目は、芳友さんも周りの常連さんたちも覚えていませんが、それほど、すんなりと、自然に常連さんたちの輪の中に入っていくことができました。そして、今や、芳友さんも常連の一人です。

「みんな玉袋さんが好きで考え方や話題が共通しているから居心地がいいんですね。お店はスナックですが、そういう意味では玉袋さんを慕って集まるサロンといってもいいかもしれません」

芳友さんは、スナック玉ちゃんに通うようになって、これまではなかった、なにか大きな世界が自分の中にできたと感じているそうです。以前は「人との会話を必要と思ったことはない」と言っていた芳友さんも、今では「会話から新しい自分や新しい世界を知ることができる」というほどに人とのかかわり方が変わりました。純子さんはその世界を決して押し付けることなく芳友さんが動こうとしているのに気が付いてはじめてさりげなく導いてくれたのです。

「いま一緒にスナック玉ちゃんにいて、お互いのことはどのように意識しますか?」
「あ、そこにいるな、ぐらいですね」
「ですね」
と、感じる程度で、それぞれがそれぞれの時間を過ごしているようです。

「でも、一緒に帰ることができるのはなんかうれしいですね」(ご両人)

いつもはそれぞれ自分の時間を過ごしていて、他人には希薄なように見えても、相手が必要としているときは手を引いてあげる。二人は、他人が感じる価値観ではなく、お互いにとって最も適した距離感でお互いのことをしっかり思いやっていました。

なんだかんだいって、一緒にいる時間が増えたのはうれしいそうです

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