「自分が一番」な男の気持ち、「子どもが一番」な女の気持ち

夫婦喧嘩の原因は、些細なことから大事に至る内容まで数え切れないほどある。けれどもよく考えてみると、「自分が一番の男」と「子どもが一番な女」のぶつかり合いが繰り返されているように思う。

 

「どちらが悪い」という話ではない。男女それぞれ、そういう生き物なのである。理解はしなくていいけれど、少しでいいから相手の気持ちを想像してみよう。

「自分が一番」な男の気持ち、「子どもが一番」な女の気持ち

「自分が一番」な男の気持ち

恋愛時代を思い出してほしい。「大好きな相手と一緒にいるだけで嬉しい」「相手のためを思い行動することが嬉しい」「相手の喜ぶ顔を見るのが嬉しい」そんな時期があったはず。相手のためを想い、また自分も想われていることを実感する-それが恋愛の醍醐味だ。

 

男性はそのままの思考で、妊娠〜子育てに突入する。男性自体は妊娠するわけでも、産後子育てに専念するわけでも、女性のように産後激しくホルモンと本能が変化するわけでもない。子どもは可愛いけれど、「自分の生活(仕事、趣味、プライベート)」の中に、あくまで「プラスαで」子どもが生まれたのだ。

 

女性には、独身時代を思い出してほしい。まだ自分が出産を経験する前、先に友人や自分のきょうだいに赤ちゃんが生まれたら? 可愛いのは可愛いけれど、いくら女性でも自ら経験しなければ育児中の気持ちを本当の意味では理解できない…それが今のパパである。

子どもが生まれてからのパパの戸惑い

ところが子どもが生まれた途端、妻には「何で子どもが産まれたのに節約してくれないの」「何で子どもと遊ばないでゲームばっかりするの」と怒られる。自分は普段通りの生活をしているだけなのに、「なんで?」と問い詰められても戸惑うし、妻の言いかたにイラっときてその場が終わることがほとんどだ。

 

我が子はとても可愛い。けれども同時に、寂しさも感じている。自分は変わらないのに、妻の頭の中は子どもだけ。恋愛中に置いてけぼりにされたような、他に男ができたような、取り残された気分である。妻の変化についていけない。

 

妻に「子どものために変わって」と言われても、まず「自分自身が満たされていない」ので、誰かのためを考える余裕はないのだ。

「子どもが一番」な女の気持ち

妊娠中から、女性は母親になる。本当の意味での母性は子育てを通してゆっくり芽生えるのだが、妊娠中は「子どもが生まれてからの生活」で頭がいっぱい。男性を見る目も「愛する男」から「この男とほんとうに一緒に子育てができるか?」にシフトし、くまなくチェック。

 

子どもが生まれればホルモンや本能も働き、完全に「我が子が一番」へ。夫は大人だから、自分のことは自分でできるのでとりあえず置いておく。第一、自分の時間さえゼロ、食事や睡眠さえも満足に取れないのだ。自分の生活さえままならないのに、夫どころではないのである。

 

生活の判断基準が、全て「子ども目線」になる。自分のオシャレだって、子どものためにヒールを脱ぎ、ピアスも危ないから止める。「自分の生活」は、100%変わった。「夫だって変わって当たり前」である。

家族全員を大切に

どちらも考える基準は、自分中心である。「私がこうなんだから、あなたもこうして当たり前」の言い合いだ。でも夫婦間でさえ「当たり前の基準」は違うのだ。私がこの違いに気付くまでには6年。言い合いを通して、結局同じことを言い合っていると気付いた。ただ難しいのが、「男と女は違うから結局理解はできない」ということ。

 

できることは「家族でも当たり前の基準が違う」と知ること。そして家族全員を大切にすることだ。何でも子どもが一番ではないし、ママが全て我慢すればいいわけではない。誰かが抑えられるから、反発が生まれるのだ。

 

1人ではなく数名で一緒に暮らす以上、何でも自分一番にはできない。数ある選択肢の中から、「これだけは譲れない」「これを大切にしたい」と話し合い、家族全員の意思を生活に反映したい。

 

どんな考えも当たり前と奢らず、まず相手の意見を聞き、譲れないものを家族で話し合うこと。一生付き合う相手だからこそ「親しき仲こそ礼儀あり」を忘れないでいよう。