愛情の深い夫婦はお互いが「名脇役」!

前回はコミュニケーションのコツに触れました。根幹の大切な部分はお伝えできたと思っています。でもまだまだ書き足りない・・・・・こんな思いでここ数日もやもやしていました。

 

コミュニケーションって、そんなに単純ではない。

 

愛情にレイヤーがあるように、コミュニケーションの技術にも「段階」があります。その奥義はまだまだ深い! 今回みなさんにその階段をもう一段上がっていただけるお手伝いができたら・・・・そんな思いです。

愛情の深い夫婦はお互いが「名脇役」!

話を聞いてあげられた。そこまでは良かったが

ある夜の出来事です。僕は持ち帰りの作成書類のことで頭がいっぱいの状態。妻から、職場の人間関係と人事異動について相談がありました。進路に関わる重要なことだけに、妻も自分で悩み考えた末に、僕に相談したようです。

 

僕は内心、書類に少しでも早く手を付けて、目鼻を付けたい気持ちでしたが、重要な内容だと思い、まずは妻の話をちゃんと聞くことにしました。妻の説明は考えかたが整理されており、随分考えてきたことが想像できました。僕も真摯に向き合って内容をしっかり把握し、的確な返答ができるよう心掛けました。

 

一通り妻が話し終えると、僕は、「こう考えたらどう? それでいいんじゃない?」と自分の考えを伝えました。その時、妻は安心したように見えたため、僕も安心しました。「ちゃんと話を聞いてもらえた」、「自分が確認したかったことが確認できた」と思って貰えたかも

 

ところが数日後、妻から「やっぱり、こうすることにした」と、僕の返答とは異なった決断をしたと話されました。

 

実はひとの脳は「押されたら、押し返す」を無意識にしてしまうクセがあります。自分の意志と必ずしも合致しないことがインプットされると、無意識がそれを押し返そうとするのです。つまり、僕の提案は妻の意志とは合致していなかったのです。無意識で異なった決断をし、「安心」を得ようとしたのかもしれません。

 

ではどうすれば妻を安心させることができたのかその答えは、「自分自身で答えを見つけられるように手を添える」ことです。

 

わたしたちが答えを「解決する」必要はない

他人から指図されて嬉しい人って、いるのでしょうか? 指図ではないとしても、他人の意志に沿って判断し実行することを、こころの底から「嬉しい」「やりたい」と思うことって、そんなにはありませんよね?

 

わたしたちのこころは、とてもわがままです。他人が決めたことにしたがうことは、決して心地よいことではありません。夫婦や親子のように親しい間柄では、もっと嫌なはずです。

 

それでは一体、わたしたちは相手に何をしてあげられるの? そんな疑問がわきます。パートナーは話を聞いて欲しい。それは事実です。会話を通して、自分の考えが間違っていないか確認をしたいし、意見も必要としている。その認識も間違ってはいない。そしてその次の段階です。

 

さきほどの例では、僕は自分の考えを「答え」ました。そうです・・・・問題はここにあったのです。

「答え」は本来「パートナー自身が決める」ものでした。

 

パートナーの人生は、パートナーが生きる。パートナーの課題に対する答えは、パートナー自身が選択して決めることなのです。僕は妻のため、と思って「答え」を言ってしまったのです。的確であっても、指図と思われてしまえば、異なる決断をしたのも納得できます。

 

欲しているのは「答え」ではなく、「選択肢」や「気付き」

問題に直面しているとき、人は視野が狭くなっています。

 

これは脳に「スコトマ」という機能があるからです。スコトマとは「盲点」。「種の保存」に関係する脳の特徴の一つです。生命に危機を及ぼすような「やばいこと」が起きれば、それは解決しなければいけません。そんなときにスコトマが働き、目の前の「やばいこと」に意識を集中させます。

 

そうなると、「やばいこと」以外の情報をシャットアウトして集中できます・・・・

わたしたち生物が生き延びてきた理由のひとつにこの「スコトマ」があります。

 

問題に意識を取られるあまり、周囲に目配せしたり、違った角度からベターな解決方法を見つけたりこころがゆとりを失っているときは、「スコトマ」が集中させようとしているのです。

 

現代生活での課題は、生命に危機を及ぼすような重篤な課題もありませんが、その代わりにとても複雑に絡み合っています。ですから狭い視野では良い解決方法を導く判断ができません。広い関係性をみて、ベターな判断をするためには、広い視野からの判断が必要です。

 

だから、わたしたちはパートナーの視野を広げるお手伝いをしましょう。スコトマで見えなくなっている状態から、新たな気付き、選択肢が生むようにしてみましょう。ベストな「答え」ではなく、選択肢や気づきをそっと置いていくイメージです。

 

パートナーが主役。わたしたちは名脇役。

人はそれぞれ、違った価値観を持って生きています。取り巻く状況を把握しようとしても、全体性が理解できるわけがありません。パートナーも自分自身で状況を把握し、答えを見つけようとしています。それなのに妻に代わって、僕が答えを出すことは、ある意味無謀でした。

 

ですから、「なるべく答えは出さない」、そう決められたら素敵です。

 

そもそも、答えを出すのは、パートナー本人。夫婦という最も親しい間柄であるからこそ、最も深い愛情があるからこそできる最大の配慮、それはパートナーの人間性を尊重することです。自分が決めるのではなく、パートナー自身が決める。決めやすいように助けてあげる。

 

パートナーの迷いが解消するヒントを提供したり、問題解決の筋道立てたりお手伝いをする。こんな脇役を目指してみましょう。

 

選択肢の上に、メリットデメリットをしっかり加えてあげられると、更に上級者。それが本当の愛情であり、夫婦が育むものだと思います。主役はパートナー。そしてわたしたちはそのアシスタント。パートナーの人生の主役は、あくまでもパートナー本人です。

 

わたしたちのどんな感情も、どんな技術も、そしてわたしたちという存在でさえ、パートナーがいてこそ意味を成す。わたしたちは主役を輝かせるために存在しているし、主役を輝かせてこその自分です。みなさんも、名脇役に成りませんか? 輝く主役があってこそ、名脇役も光彩を放つのですから。