気遣い嫁×気遣い姑の苦悩。いいひとだからってうまくいかないワケ

夫婦のお悩み解決コラム

義母と義父は、とても「いい人」たちだ。世間的に見れば「義両親に恵まれているほうだ」と、実母にも言われる。とはいえ、いい人だからって良い関係が築き続けられるわけではないのだ。

 

特に「気を遣う」ことは、良いように見えて問題も多い。今回は「気遣い嫁」と「気遣い姑」の場合の問題点をご紹介しよう。

「気遣い嫁」×「気遣い姑」の苦悩。いいひとだからってうまくいかないワケ

「気遣い嫁」×「気遣い姑」

私も姑もA型だ。A型の皆さんなら分かると思うが、A型は基本的に気を遣い、本音と建前を分ける人が多い。とはいえ私の母はO型で、友人にはマイペースで大雑把とよく言われる。

 

一方で姑は、A型の王道タイプだ。気遣い屋で、気配り上手。何をするにも細やかで、田舎の本家に嫁いだだけある良妻賢母だ。一見だが、お互いに気を遣い合う嫁と姑。良いように見えるが、これが意外と辛いのだ。

いつまでも「外モノ感」

姑は常に私に気を遣う。口では「あなたもこの家の一員よ」「気を遣わないでいいのよ」と言ってくれる。とはいえ態度や行動は、明らかに外モノ扱い。

 

野菜を切るとか、子どもを見るとか、「これぐらい頼んでもいいのに」と思うことでさえ頼まれない。特に義妹が帰省してくると、義妹と私への態度の差を見て、普段どれだけ自分が気を遣われているか驚くほどだ。

 

これが結婚して間もない頃ならわかるが、結婚6年目。実家と義実家は近所で、顔を合わせる機会は多いほう。それなのにこの距離感は、少しショックでもある。気を遣うということは、家族ではなく、他人という証なのだ。

気を遣うって「良いこと」?

おそらく姑は「気を遣う=良いこと」だと思っている節もある。気を遣うということは、「相手のことを考えている」表れでもある。

 

それと同時に、姑との気遣い合いをしながら気付いたのが、気遣いには「自分のため」の要素も入り混じっているということ。姑は私のためだけでなく、「姑という自分の体裁」のためにも気を遣っている。それは私も同じで、「嫁という自分の体裁」のために気を遣っているところがある

 

そう気付いてからは、気遣い合うことがイヤになってきた。「気を遣わないで!」と心の中で叫ぶときもある。相手が気を遣わなければ、自分も気を遣わなくて済む。今後何十年という付き合いを考えればそのほうがラクだし、お互いの距離も縮まるのだ。

バレバレの本音

さらにキツイのが、本音と建前の関係だ。気を遣うことはつまり、本音と建前が違うということ。でも6年も付き合っていれば、相手の本音はだんだんと見えてくるものだ。

 

「汚れてても大丈夫よ」と言いつつも、キレイ好きな姑は大丈夫ではない。実際に少しの汚れでも気にするタイプだと、それまでの会話や言葉の端々からわかっている。隠している本音が手に取るようにわかるそれなのに気を遣い合うのは意味がないと思うし、心から疲れるのだ。

こちらから腹をわる

疲れ果てた上に気付いたのは、「どちらかが先に腹を割り始めたほうがいい」ということ。私から腹を割って話すこともあるのだが、タイプや価値観の違う嫁姑のため、「え~すごいことを言うね」と引かれ気味に言われることもある。

 

それでも私は、波風立たない範囲で本音を言っている。これから数十年の付き合いになる、嫁姑関係。無理しても続かないし、私が分かるように、隠していても本音はいずれバレるのだ。理解し合えなくても、お互いの価値観を知っていくことは必要だと思う。

 

案の定、時々だが相手も本音を出してくれるときがあるのが、最近では嬉しい。今後どれだけ距離を近づけられるか見ていこうと思う。

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