「無職に罪悪感を覚える…」そんなママたちに考えて欲しい

夫婦のお悩み解決コラム

以前は、専業ママは“普通”だった。「子どもを産んでも仕事を続けると言ったら姑にイヤな顔をされた」なんて話も聞いたものだ。ところがほんの数年で、事態は急変。最近では、「自分が無職なママであることに罪悪感を感じる」なんて声まで聞くようになったのである。

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育児中でも「何もしていません」という母親

この180度の変わりようは何なのか? いやいや私だって、6年前に長男を妊娠し、夫の転勤についていくため離職した頃は、罪悪感を感じたものだ。結局長男生後9ヶ月で今の仕事を始めたが、その間もそれからも様々な葛藤があった。

 

まず急に今日から働きません、という状態に慣れない。それまでは自分の所属があり、毎日顔を合わせるメンバーがいて、やるべき仕事があり、仕事をすれば評価されてと、「自分の居場所と行動評価」があった。これがすべて無くなり、いわば究極のフリー状態。定年退職して茫然自失となる男性の気持ちがよくわかったものだ。

 

だからだろうか、育児中でも「自分は何もしてない」と口にするママを度々見たことがある。実は私も同じことを言い、「あなたは育児という立派な仕事をしてるじゃない」と義母に励まされた覚えがある。元々仕事をしていた女性にとって、目に見える居場所と評価がなければ「自分は何もしていない」ように感じてしまうのだ。

「ワーママ」がマジョリティに

冒頭の「無職のママに罪悪感を感じる」と言っていた友人は、「周りのママ友は子どもが1歳を過ぎたらみんな働き出して焦る」「我が子も早く集団生活に慣れさせたほうがいいかも」と言っていた。ワーママが増えたことで、「無職のママ」のほうがマイノリティになっていることも、罪悪感を感じる理由の一つだ。

 

筆者の園でも、「今仕事をしているか?」と度々話題にのぼる。すると無職のママが「私も仕事をしなきゃいけないと思うんだけどね…」と申し訳なさそうに言っているのを見て、違和感を感じた。

 

政府も「一億総活躍社会」「女性活躍推進法」などを掲げ、ママが働くことが当たり前という価値観に変遷しつつある。ちなみに筆者は奈良、山口、群馬と各地を転々としており、地方ほど働くママが多いためこの傾向が強いかもしれない。

数多い選択肢があるという強み

さて、「無職のママ」に罪悪感を感じる必要性はあるのだろうか? 専業主婦が増加したのは1970年以降であり、それ以前は「嫁は働き手だった」と祖父母には聞いた。筆者は庭先にクマが出るような山奥出身だが、昔は子どもを祖父母に預けてママも農業をするのが普通だったという。第1次産業は特にそうだったであろう。

 

じゃあやっぱり働くべきかというと、そうは思わない。1番大切なのは「マジョリティに振り回されないこと」だ。時代ごとに、価値観は変遷する。それに踊らされて焦ると、自分の納得いく人生は過ごせず、育てられる子どもにもその影響は及ぶ。

 

まずはママが自分の人生をよく考えよう。「自分の人生の中で、自分は何が好き・得意で、何をして生きたくて、子どもとはどれだけ関わりたいのか」という軸を定める。それさえ定めれば、専業主婦やワーママ、今は起業やフリーランスなどの方法も選べる良い時代だ。

 

かくいう筆者も、「好きなことを仕事にしたい」「子どもは2歳半まで自分で見たい、それ以降も降園後は家にいたい」という気持ちから今の仕事を選んだ。自分のワガママを1番叶える生きかたを選んだわけだが、こういうワガママはママだからこそ叶えるべきだと思っている。子どもには自分を最大限に活かして生きてもらいたいので、まずは自分がそうするのだ。

 

特に第一子のときは、この罪悪感と葛藤する女性も多いだろう。そんなママたちが今あるマジョリティに振り回されず、自分にとってベストな選択ができることを心から望んでいる。

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